M&Aは企業の成長や事業承継を実現するための重要な手段ですが、その全体像や進め方は複雑で、把握しづらいと感じる経営者も少なくありません。
M&Aには、準備や買収譲渡先の選定、詳細調査(デューデリジェンス)、最終契約などの段階があり、それぞれに専門的な知識と慎重な判断が求められます。
本記事では、M&Aの流れを9つのステップに整理し、各フェーズの流れや重要なポイントをわかりやすく解説します。
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M&Aの全体像と流れ9つのステップ

M&Aの全体像と9つのステップは、以下のとおりです。
それぞれ具体的な内容を見ていきましょう。
ステップ1:準備を整える
M&Aの成功には、最初の準備が大きく影響します。まず、なぜM&Aを行うのかを明確にし、社内で方向性をそろえることが大切です。たとえば、後継者がいないための事業承継や、大手グループでの成長を目指すなど、目的を具体的に言語化しましょう。
次に、自社の価値を把握しておくことも重要です。専門家に依頼して会社の価値を算定してもらうことで、交渉時の判断材料になります。
この場合の専門家とは、公認会計士や税理士、M&Aアドバイザーなどのことを指し、適正な価格設定や交渉方針を立てる際に欠かせない存在です。
専門家を選ぶ際は、国の登録制度にある支援機関を参考に、経験や信頼性、担当者との相性をよく見極めることで、安心して次のステップへ進めるでしょう。
ステップ2:相手企業を探す
M&Aの相手探しは、秘密を守りながら効率的に候補企業を選ぶ重要な段階です。情報が外部に漏れると、従業員の不安や取引先との関係悪化につながるため、慎重な対応が求められます。
通常はM&Aアドバイザーが中心となり、社名を伏せたノンネームシートという概要資料を作成するのが一般的です。そこには業種や地域、売上規模、事業の特徴などが記載され、企業を特定できない形で情報を提示します。
アドバイザーはこの資料をもとに買い手候補を広くリスト化し、条件や相性を見ながら有力候補を絞り込みます。
自社の強みや希望条件をアドバイザーに正確に伝えることで、よりよい相手と出会える可能性が高まり、次の交渉段階をスムーズに移行できるでしょう。
ステップ3:秘密保持契約を結び情報交換する
具体的な交渉に入る前には、必ず秘密保持契約を結びます。目的は、今後開示する財務・事業・顧客などの機密情報が、検討以外に使われたり、交渉中止後に漏れたりするのを法的に防ぐためです。
これにより、双方が安心して情報交換できる土台が整います。契約締結後、売り手は企業概要書を開示し、買い手は本格検討の可否を判断します。
雛形へ即署名せず弁護士などに確認し、以下のような項目をチェックしましょう。
- 不利な条項の有無
- 秘密情報の範囲・有効期間
- 違反時の対応
- 資料の返却・破棄義務
後のトラブルを防ぐためにも、事前確認は確実にしておくことが大切です。
ステップ4:意向表明を行う
買い手が企業の資料を確認し、買収に前向きな意向を持った場合、売り手に対して、買収の意思を示す書面である意向表明書(LOI)を提出します。これは、今後の交渉をどのように進めるかを示す重要な文書です。
書面には、想定しているおおよその価格やその根拠、株式譲渡や事業承継といった取引の方法、今後のスケジュール案などが記載されます。
注意すべき項目は独占交渉権で、一定期間ほかの相手と交渉しない約束を意味します。価格をはじめとした条件は、この時点で確定ではありませんが、この独占交渉の約束と秘密保持の項目には法的な効力が生じることは覚えておきましょう。
売り手は、相手の本気度や条件に十分納得した上で、慎重に最終判断することが大切です。
ステップ5:基本合意書を締結する
意向表明書(LOI)の内容をもとに両者で協議を重ね、主要な取引条件についておおむね合意した段階で、基本合意書(MOU)を締結します。
これは、本格的な調査(デューデリジェンス)に進む前に、現時点での合意内容を文書で確認し、認識のずれを防ぐための重要な工程です。
基本合意書には、以下のような内容が記載されます。
- 取引対象の範囲や方法
- 想定価格
- 今後のスケジュール
- 調査の協力義務
- 独占交渉期間
基本合意書の締結により、両社は次の段階へ正式に進む意思を確認し、社内報告や資料準備など、本格的な調査に向けた体制づくりを開始します。
ステップ6:詳細調査を実施する
基本合意の締結後、M&Aの中心工程といえるデューデリジェンス(DD)の段階に進みます。これは、買い手が弁護士や会計士、税理士などの専門家チームを組み、売り手企業の実態やリスクを詳しく調べる工程です。
デューデリジェンスの目的は、開示された情報が正確か、隠れた負債や訴訟・労務リスクなどがないかを確認することです。
調査は財務・税務・法務・人事・ITなど幅広く行われ、売り手は要求された資料をオンライン上のデータルームで開示し、質問への対応を迅速に行う必要があります。
デューデリジェンスの結果は最終価格や契約条件に直結するため、あらかじめ想定質問を整理し、資料を整備しておくことで調査期間を短縮し、交渉を有利に進められるでしょう。
ステップ7:最終契約を交渉する
デューデリジェンスの結果をもとに、最終契約の交渉へ進みます。調査で明らかになった負債や労務上のリスクなどが、最終的な譲渡価格や契約条件に反映されます。
交渉の中心は価格調整からで、企業価値から負債を差し引いたり、運転資本の変動を反映させたりして、最終価格を確定します。
次にリスク分担を定める表明保証条項や補償条項も重要で、これらは売り手が自社の健全性を保証し、違反があった場合には損害を補償するという内容です。
交渉では、売り手は補償範囲を限定し、買い手はリスクを広くカバーしようとするため、意見が対立することもあります。近年は、こうしたリスクを保険でカバーする表明保証保険(W&I保険)を利用することも可能です。
ステップ8:最終契約を締結し取引を完了する
最終交渉を経て条件が確定したら、双方を法的に拘束する最終契約書(株式譲渡契約書・事業譲渡契約書など)を締結することにより、M&Aの取引条件が正式に確定します。
ただし、契約締結はゴールではなく、実際に株式や事業の引き渡しと代金決済を行うクロージングをもって取引完了となります。契約締結からクロージングまでの間には、クロージング条件を満たすことが必要です。
たとえば、売り手は株主総会で承認を得る、買い手は資金を確保するなどが該当します。さらに、事業に必要な許認可の承継や、公正取引委員会への届出などの手続きもこの期間に行います。
すべての条件が整ったクロージング当日、株式や資産の引き渡しと代金の支払いが同時に実行され、経営権が正式に移転する流れです。
ステップ9:統合・運営を開始する
クロージングは法的な取引の完了点でありながら、M&Aの成功という意味では新たな出発点です。ここからはじまる経営統合(PMI)は、買収の目的を実現し、シナジー効果を生み出すための重要なプロセスです。
契約締結だけで組織が一体化するわけではなく、人事制度・給与体系・ITシステム・会計処理、さらには企業文化までを丁寧に統合する必要があります。
経営統合の成功がM&A全体の成果を左右するといわれるほど、計画的な対応が求められます。成功の鍵は、クロージング後に慌てて統合をはじめるのではなく、デューデリジェンスの段階から統合方針を設計しておくことです。
調査で得た情報をもとに100日プランを策定し、各分野のタスクや担当者、目標を明確に定めましょう。同時に、従業員への丁寧な説明と対話を重ね、不安を取り除くことで、スムーズな統合と持続的な成長を実現できます。
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M&Aを進める上での注意点

M&Aを進める上での注意点は、主に以下の3つです。
具体的なポイントを確認しましょう。
1. 契約内容や条件を曖昧にしない
M&Aの最終契約書は、取引後のトラブルを防ぐためのルールブックです。内容が曖昧だと、言った・言わないの争いが起きたり、思わぬ補償を求められたりすることがあります。
とくに、将来の責任分担を決める条文は重要です。たとえば、法令を守っているといった広すぎる表現ではなく、必要な許可をすべて取得しているといった形で、具体的に書くことが大切です。
また、最終価格を計算する際の基準も、誰が見ても同じ結果になるよう明確に定めましょう。
弁護士と一緒に重要項目を確認し、売り手は把握している問題点を事前に開示します。買い手は、調査で見つかったリスクが契約に反映されているかを確認することが、安心して取引を終えるためのポイントです。
2. 情報漏洩や社内外の調整ミスに注意する
M&Aの情報が外部に漏れると、取引そのものが中止になったり、企業の信用や価値が下がったりするおそれがあります。そのため、厳密な情報管理と社内の連携体制が欠かせません。
漏洩すれば、社員の間に不安が広がり、重要な人材の退職や士気の低下を招くこともあるでしょう。競合や取引先に知られると、妨害や契約の見直しにつながる可能性もあります。
対策としては、M&Aに関わるメンバーを経営層をはじめとした最小限に絞り、プロジェクト名を付けて情報を管理する方法が有効です。
資料はアクセス制限付きのオンラインシステムで共有し、やり取りの記録を残すことが望ましいでしょう。また、社内外の問い合わせ窓口を一本化し、関係者全員に守秘の徹底を求めることで、思わぬ漏えいリスクを防ぐことが可能です。
3. 従業員や関係者への影響を配慮する
M&Aを成功させるには、従業員や取引先など、関係する人々の理解と協力が欠かせません。
従業員は自分の雇用や待遇、企業文化がどう変わるのかに強い不安を感じ、放置すれば、離職やモチベーション低下を招き、組織の力が弱まってしまいます。取引先も、取引条件の変化を懸念して他社に乗り換える可能性があります。
このような不安を防ぐためには、誠実なコミュニケーションが重要です。従業員への説明は、最終契約後に経営者が直接行い、雇用の継続や将来の方針を明確に伝えましょう。
取引先にもクロージング後すぐに報告し、信頼関係が崩れないよう配慮しましょう。また、事前に、誰に・いつ・何を伝えるかをまとめたコミュニケーション計画を作成し、混乱を最小限に抑えることも重要です。
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M&Aを成功させるためのポイント

M&Aを成功させるためには、以下のポイントを押さえておくことが大切です。
M&Aを成功に導くには、準備から統合までを見据えた一貫した設計が大切です。まずは上記のポイントを押さえ、判断と実行の基準にしてください。
目的と成功条件を明確にする
M&Aを成功させるためには、「なぜM&Aを行うのか」「どのような状態を成功とするのか」が大切です。
目的が曖昧なままでは、交渉中に判断に迷い、取引成立そのものが目的化するおそれがあります。成功の条件を決めていなければ、取引後に成果を正しく評価できません。
たとえば、売り手にとっては「従業員の雇用を守り自社ブランドを残すこと」、買い手にとっては「売上を一定期間内に伸ばし重要な人材を維持すること」などが成功の基準になります。
M&Aの検討段階で目的・希望条件・成功基準を整理し、常に判断の基準としておくことが、後悔しないM&Aへの第一歩です。
信頼できるパートナーを選ぶ
M&Aは専門知識や法律・税務が複雑に関わるため、当事者だけで進めるのは難しい取引です。自社の利益を守り、適正な価格や条件で進めるためには、信頼できるM&Aアドバイザーをはじめとして専門家の存在が欠かせません。
不誠実な業者に任せると、相場より低い価格で売却されたり、不利な契約を見過ごされたりするリスクがあります。信頼できる専門家は、取引を安全に導くだけでなく、冷静な判断をサポートしてくれる相談相手です。
選定の目安としては、中小企業庁が定める「M&A支援機関登録制度」への登録の有無を確認することが重要です。
登録済みの機関は、報酬の透明性や利益相反の防止など、国の基準を満たしています。複数社と面談し、業界実績や費用、担当者との相性を比較して選びましょう。
十分な調査と準備を行う
M&Aで最大のリスクは、想定外のトラブルです。売り手にとって重要なのは、調査がはじまる前に、準備を整えることです。
資料の提出が遅れたり不備があったりすると、買い手からの信頼を失い、価格交渉で不利になる可能性があります。そのため、事前に自社で調査を行い、法務・経理・総務などの資料を整理しておくことが重要です。
オンラインで安全に資料を共有できる「バーチャルデータルーム」を活用すれば、調査期間を短縮でき、買い手によい印象を与えられます。
M&Aを検討しはじめた段階から、事前準備を徹底することが、交渉力と最終価格を大きく左右する重要ポイントです。
情報管理を徹底する
M&Aのプロセス全体を通じて、検討の事実を外部に漏らさない情報管理の徹底は、事業価値と取引の機会を守るために重要です。情報が漏えいすれば、従業員や取引先、金融機関に動揺と憶測が広がります。
キーパーソンの離職や主要顧客の離反、競合による妨害など、M&Aの前提となる事業基盤そのものが崩壊し、取り返しのつかない事態を招くリスクもあります。具体的には、M&Aプロジェクトにはコードネームを付け、関与するメンバーを経営陣や担当役員など必要最低限に絞るのが効果的です。
また、社内での会話を避け、資料共有はアクセス権限を細かく設定できるバーチャルデータルーム(VDR)に限定するといった、物理的・システム的なセキュリティを構築します。
M&Aの検討開始と同時に、関与メンバー全員で秘密保持に関する誓約書を取り交わすことも有効です。情報の共有状況を明確にし、一元管理することで、担当者の思い込みによる情報漏洩を防止できます。
統合後の組織や事業運営を見据える
M&Aの契約締結は終着点ではなく、企業価値を高めるための出発点です。真の成功には、取引完了後の経営統合を見据えた計画が欠かせません。
M&Aの成果を出せない原因は、準備の不足にあります。人事制度やITシステム、企業文化の異なる組織を融合させるには、計画的な準備が不可欠です。
調査段階では、相手の制度や業務の仕組みを把握し、統合に向けた情報を集めましょう。そのうえで、クロージング後すぐに動けるよう100日プランを作成し、給与や勤怠の仕組みなど優先課題から整備します。
契約交渉と並行してIチームを立ち上げ、統合後の組織や業務フローを具体的に設計することが、M&Aの成果を最大化するポイントです。
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M&Aに関するよくある質問

M&Aは企業の成長や事業承継の手段として注目されていますが、実際に進めようとすると「どのようなメリットやリスクがあるのか」「どれくらいの期間や費用がかかるのか」など、疑問が多く生じるでしょう。
ここでは、M&Aを検討する際によく寄せられる3つの質問について、実務の流れや一般的な相場を踏まえてわかりやすく解説します。
Q. M&Aのメリットとデメリットは?
Q. M&Aを進める上で必要な期間は?
Q. M&Aにかかる費用はどのくらい?
Q. M&Aのメリットとデメリットは?
M&Aには、売り手・買い手それぞれにメリットとリスクがあります。それぞれを表でまとめています。
| 売り手の場合 | |
|---|---|
| メリット | デメリット |
| ・後継者問題を解決し従業員の雇用を守れる ・株式売却によって創業者利益や引退資金を確保できる ・大手グループ傘下で事業の継続・拡大が可能になる | ・経営権を手放すことで意思決定に関与できなくなる ・企業文化や方針の違いから社内に混乱が生じることがある ・希望した条件より低い価格で譲渡される可能性がある |
| 買い手の場合 | |
|---|---|
| メリット | デメリット |
| ・時間をかけずに新規事業や市場へ参入できる ・人材・ノウハウ・顧客基盤をまとめて獲得できる ・既存事業とのシナジーで売上や効率の向上が期待できる | ・買収資金の負担が大きく財務リスクを伴う ・想定外の債務や問題を引き継ぐ可能性がある ・組織文化の違いによって統合が難航することがある |
M&Aを検討する際は、自社にとっての得るものと失うものを整理し、何を重視するのかを明確にしておくことが、後悔しない判断につながります。
Q. M&Aを進める上で必要な期間は?
M&Aでは、アドバイザーへの相談から契約締結・決済まで、一般的に4〜6ヶ月ほどかかります。ただし、これはあくまで目安で、案件内容や準備状況によって変わります。
M&Aは相手探しからはじまり、交渉や調査、契約といった段階ごとに進みますが、買い手が見つからなかったり調査で問題が発覚したりすると長期化することもあるでしょう。
売り手があらかじめ必要資料を整理し、オンラインで共有できる仕組みを整えておけば、期間を短縮できる場合もあります。
とくに、独占禁止法の手続きや事業に必要な許可の取りなおしが必要な場合は、手続きに時間がかかるため、スケジュールには追加で数ヶ月ほど余裕を見ておくことが大切です。
Q. M&Aにかかる費用はどのくらい?
M&Aにおける売り手側の費用は、主に以下の2つが必要です。
- アドバイザリー報酬
- 専門家費用
アドバイザリー報酬は、取引が成立した際に支払う成功報酬が中心で、一般的に譲渡価格の5〜10%程度です。着手金や中間金が発生する場合もあり、数十万〜数百万円が相場です。
また、弁護士や公認会計士などへの依頼費用として、契約書の確認や企業価値評価などに数十万〜数百万円かかることもあります。契約前に必ず複数社から見積もりを取り、料金体系が明確かを確認しましょう。
さらに、事業承継や引継ぎ補助金など、公的な支援制度を活用すれば、専門家費用の一部を補助してもらえる可能性もあります。
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まとめ

M&Aは企業の成長戦略のひとつであり、事業拡大・人材確保・競争力強化など多くのメリットがあります。
明確な目的設定と信頼できるパートナー選び、入念なデューデリジェンスを経てこそ、リスクを抑えたスムーズな取引が実現します。
また、契約内容の曖昧さや情報漏洩には細心の注意が必要です。M&Aは契約締結で終わりではなく、統合後の運営こそが本番です。
シナジーを最大化し、従業員や顧客の信頼を守りながら、持続的な成長を実現できるように、流れに沿って丁寧にM&Aを進めていきましょう。
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京都大学経済学部卒業、同大学経営管理大学院修了(MBA)
旧司法試験合格、最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。
千代田中央法律事務所を開設し、スタートアップの資本政策・資金調達支援、M&Aによるエグジット・成長戦略の専門職支援と法人破産手続き、事業再生手続きによる再生案件を取り扱う。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動経験あり。

