大学進学のために奨学金を借りた人は、社会人になってから返済がはじまります。しかし、生活が厳しい場合は返済を続けられず、生活自体が成り立たなくなってしまうケースもあるでしょう。
生活が立ち行かなくなった際は、自己破産を検討するのも手段のひとつです。この記事では、奨学金の借入による自己破産は可能なのかをお伝えしたうえで、返済の取り扱いや注意点、手続きの流れなどを詳しく解説します。
奨学金が原因で自己破産できる?

奨学金の返済が困難になったことを原因として、自己破産はできるのでしょうか。奨学金による自己破産について解説します。
自己破産についてより詳しく知りたい人は、下記の記事も参考にしてください。
自己破産とは?手続きの進め方や条件、費用相場、注意点を解説 | 千代田中央法律事務所
奨学金による自己破産は可能
奨学金による自己破産は法的に可能です。破産法第253条では非免責債権として税金や養育費などが列挙されていますが、日本学生支援機構(JASSO)の奨学金は含まれていません。よって、奨学金は一般的な借金と同様に免責の対象となるのです。
ただし、破産による免責効果は債務者本人にのみ適用され、保証人や連帯保証人の責任は一切軽減されません。そのため、保証人には残債全額の一括請求が行われるリスクが高まります。保証人がいる場合は、よく相談して自己破産するかどうか検討しましょう。
奨学金で自己破産する人の割合
奨学金の返済を原因とした自己破産をした人の割合は、0.05%(2016年時点)です。同年の自己破産率割合が0.06%であることから、決して高くはない数値といえます。
一方、破産者の31%が奨学金の延滞歴がないことも挙げられています。そのため、適切に返済を続けていても破産に陥るケースがあるようです。
奨学金での自己破産が増えている背景
奨学金での自己破産が増加している背景には、さまざまな要因が考えられます。
主な要因としては、物価の高止まりや賃金の伸び悩みが考えられるでしょう。国立大学の授業料は2004年以降53万5800円となっており、経済情勢に応じた変動などはありません。とくに若年層は中堅社員などと比べてまだまだ給料が低く、生活費の支出で精一杯になってしまうこともあります。
現在は初任給アップの傾向が見られますが、手元に残る賃金の少なさや学費の高さが、返済を苦しめているといえます。
自己破産すると奨学金の返済はどうなる?

自己破産すると、奨学金の返済は基本的に不要になります。しかし、保証人がいる際は注意が必要です。自己破産時の奨学金の返済について解説します。
免責が認められれば返済不要
自己破産で免責許可決定を受けると、奨学金の返済は免除されます。前述のとおり、破産法第253条に非免責債権として奨学金の記載がないためです。
残債を返済せずに済むため、精神的な不安などから解放されます。ただし、浪費や賭博、詐欺的借入などが発覚すると、免責が認められない場合があります。
また、保証人がいる場合は、残った債務の返済は保証人がしなければなりません。保証人がいる場合や過度な浪費をしてしまった場合は、弁護士に相談してみるとよいです。
機関保証の奨学金は返済不要
機関保証制度を利用している場合、本人の自己破産により奨学金の返済義務は完全に消滅し、親族への請求も一切発生しません。
機関保証では延滞が一定期間続くと、保証機関である「日本国際教育支援協会」が日本学生支援機構(JASSO)に代位弁済を行います。この時点で債権者がJASSOから保証機関に移り、本人は保証機関に対して返済義務を負うことになるのです。その後本人が自己破産すると、保証機関への債務が免責の対象となります。
たとえば300万円の残債の場合、延滞継続後に保証機関がJASSOに300万円を一括返済したとしましょう。この場合、保証機関から本人に300万円の一括請求が来ます。しかし、破産申立により免責決定を受ければ返済義務はなくなります。信用情報には代位弁済と自己破産の両方が登録されますが、完済・免責から約5年で情報は削除されます。
家族に経済的影響を与えずに済みますが、信用情報や職業制限などには影響がある点に注意しましょう。
保証人は返済義務を背負う点に注意
本人が自己破産しても、連帯保証人の返済義務は継続します。そのため、残債全額を一括で請求される可能性があります。
保証契約は主債務契約とは独立した契約のため、主債務者である本人が破産しても保証人の責任は影響を受けません。破産申立により期限の利益を喪失するため、JASSOは保証人に対して残債全額の一括返済を求められるのです。
人的保証制度で破産を検討する場合は、事前に連帯保証人・保証人と十分に話し合い、保証人も含めて債務整理の可能性について弁護士に相談しましょう。
破産前に検討したい奨学金の救済制度

破産する前には、奨学金の救済制度の活用を検討しましょう。制度を活用すれば、破産せずとも奨学金返済の目処が立つ可能性があります。
ここでは、3つの救済制度について解説します。
1. 減額返還
減額返還制度は、経済的な困難により奨学金の返済が厳しい場合に月々の返済額を減額できる制度です。2024年4月の拡充により利用対象者が拡大し、年収400万円以下の給与所得者が利用対象となりました。子どもがいる場合はさらに基準が緩和され、子2人なら年収500万円以下、子3人以上なら年収600万円以下まで対象となります。
減額幅は以下の4段階です。
- 1/4
- 1/3
- 1/2
- 2/3
減額幅は家計状況に応じて選択可能です。たとえば、月額16,769円の返済の場合、1/2減額なら月額8,385円となり年間約10万円の負担軽減となります。
申請は奨学金に関する情報をWeb上で確認できる「スカラネット・パーソナル」から行えます。マイナンバー提出済みであれば、所得証明書の提出が不要になる場合もあります。1回の申請で12ヶ月間適用され、通算15年まで利用可能なため、破産を検討する前に活用を検討しましょう。
2. 返還期限の猶予
返還期限の猶予制度は、失業や病気、災害などにより返済が困難になった場合に一定期間返済を停止できる制度です。経済困難を理由とする場合は通算10年間まで利用可能で、収入が著しく減少または途絶した状況に対応できます。
主な利用事由は以下のとおりです。
- 経済困難
- 失業
- 病気・怪我
- 災害
- 海外派遣
- 育児休業
利用の際は、それぞれに応じた証明書類の提出が必要です。経済困難の場合は給与所得者で年収300万円以下、給与所得以外で年間所得200万円以下が目安となります。失業中なら雇用保険受給資格者証のコピー、病気療養なら医師の診断書を添付して申請します。申請は希望月の3ヶ月前からスカラネット・パーソナルで可能です。
この制度はあくまで猶予であり、元金や利息が免除されるわけではありません。しかし、短期的な返済苦を乗り越えるためには重要な選択肢となるでしょう。
3. 返還免除
返還免除制度は、本人の死亡または精神・身体の重度障害により労働能力を完全に喪失した場合に返還未済額の全部または一部が免除される制度です。対象となる条件は限定的で、経済的理由による一般的な返済困難では適用されません。
死亡による免除の場合は、相続人と連帯保証人が連署した免除願と本人の死亡を証明する戸籍抄本などの公的書類の原本が必要です。障害による免除では、本人と連帯保証人が連署した免除願、収入証明書、そしてJASSO所定様式による医師の診断書が必要です。
該当する可能性がある場合はJASSOの返還免除係に詳細な条件を確認し、必要書類を正確に用意しましょう。免除申請中も督促は継続するため、他の制度との併用も検討してください。
奨学金が原因で自己破産をした場合のよい影響

奨学金による自己破産をした場合のよい影響としては、以下の2点が考えられます。
それぞれの影響や注意点を解説します。
1. 督促や差し押さえが停止されて生活再建に集中できる
自己破産の手続きが始まると、日本学生支援機構や債権回収会社からの督促や取り立て、給与差し押さえなどの強制執行が法的に停止されます。手続きに伴う弁護士の介入によって、事実上債権者から債務者本人への直接の取り立てが停止するため、債務者は返済のプレッシャーから解放されます。
ただし、この効果は破産手続き中の一時的なものであり、根本から解決するには免責許可決定が必要です。また、税金や社会保険料などは非免責債権であり、債務が免除されても収める必要があります。まずは日本学生支援機構の救済制度の利用を優先しましょう。
2. 返済義務が消滅する
免責許可決定を受けると、債務者本人の奨学金返済義務は法的に完全に消滅し、月々の経済的負担から解放されます。これにより将来の収入を生活再建に充当できるようになります。
ただし、この効果は債務者本人にのみ適用されるもので、保証人には適用されません。保証人に返済義務を背負わせることになるため、保証人とよく相談して免責許可を受けるかどうか決めなければなりません。
奨学金が原因で自己破産する場合の注意点

奨学金が原因で自己破産する際は、以下の5点に注意しましょう。
生活や仕事に影響するため、注意点をよく理解して対応策を検討しましょう。
1. ローンの借入やクレジットカードの契約が難しくなる
自己破産をすると信用情報機関に事故情報が登録され、約5年から7年間はクレジットカードの作成や更新、住宅ローン、自動車ローンなどの新規借入が極めて困難になります。信用情報機関ごとの事故情報の記録期間は以下のとおりです。
- KSC(全国銀行個人信用情報センター):7年間
- JICC・CIC:約5年間
金融機関は審査時に信用情報を必ず確認するため、登録期間中は与信審査にほぼ確実に通りません。カード発行やローン契約に加え、携帯電話端末の分割購入、賃貸住宅での信販系保証会社の利用などにも制約が生じます。
デビットカードや家族カード、現金での取引は可能なため、日々の生活での決済手段として活用しましょう。
2. 財産は換価・処分の対象になる
自己破産では、一定額以上の財産は裁判所により処分され、債権者への配当に充てられます。破産手続きでは債務者の財産を換価して債権者に配当するのが原則です。
処分対象となる財産とそうでない財産を見てみましょう。
| 財産の取り扱い | 具体例 |
|---|---|
| 処分対象の財産 | ・99万円を超える現金 ・預貯金の一定額超過分 ・不動産(オーバーローンの場合を除く) ・時価20万円を超える自動車 ・20万円を超える保険の解約返戻金 ・有価証券や貴金属 |
| 処分対象とならない財産 | ・99万円以下の現金 ・差し押さえ禁止の財産 ・自由財産の拡張により認められた財産 |
破産者の生活再建を図るため、生活必需品である家具や家電、衣類、仕事に必要な道具など、一部の財産は処分対象外となります。
財産処分への不安がある場合は個人再生手続きも選択肢となりますが、保証人への請求は継続するため根本的な解決にはなりません。まずはJASSOの救済制度による解決を最優先に検討しましょう。
3. 一部の職業に就けない
破産手続き中は、特定の職業・資格について制限を受けます。主な資格制限対象は、以下のとおりです。
- 弁護士
- 司法書士
- 行政書士
- 公認会計士
- 税理士
- 宅地建物取引士
- 不動産鑑定士
- 保険募集人
- 証券会社役員
- その他(警備員、建設業許可、風俗営業許可、質屋許可)
制限期間は破産手続きの開始決定から免責許可決定までの約半年から1年程度です。免責確定と同時にすべての制限が解除されるため、永続的なものではありません。現在の職業が制限対象に該当する場合は、勤務先に相談してみましょう。
4. 官報に個人情報が掲載される
破産手続きでは、手続きの開始決定時と免責許可決定時の2回、官報に住所・氏名が掲載されます。官報掲載は破産法で定められた法的義務で、債権者への公告や手続きの透明性確保が目的です。
1回目は破産手続開始決定時に住所、氏名、開始決定の事実、債権届出期間の公告が、2回目は免責許可決定時に住所、氏名、免責許可の事実が掲載されます。
ただし、日常生活で官報を見る機会は決して多くないため、職場や近隣住民に知られる可能性は低いでしょう。
5. 破産手続きに費用がかかる
自己破産には裁判所費用と弁護士費用をあわせて30万円から50万円程度の費用がかかります。破産手続きには、以下のような費用がかかります。
| 費用 | 金額の目安 |
|---|---|
| 予納金 | ・管財事件の場合:20万円以上 ・同時廃止事件の場合:約2万円〜3万円 |
| 弁護士報酬 | ・20万円〜40万円程度 |
こうした費用は手続きの開始前に準備しなければなりません。まずは、費用のかからないJASSOの救済制度の利用を検討しましょう。
自己破産を弁護士に依頼する際の費用をさらに詳しく知りたい人は、下記の記事も参考にしてください。
自己破産を弁護士に依頼する際の基礎知識│費用や選び方、家族にバレない方法を紹介
奨学金による自己破産の申請手続き

奨学金による自己破産の手続きは、以下の手順で進めます。
弁護士と連携しながら、適切な手順で手続きを進め、生活再建に臨みましょう。
1. 弁護士に相談する
弁護士への相談は破産手続きの第一歩です。相談の目的は、破産以外の解決策がないか、破産により家族に影響がないかを確認することです。
弁護士は依頼者の状況を総合的に分析し、救済制度や破産以外の選択肢である個人再生、任意整理などを検討します。奨学金の場合、2024年の制度拡充により多くのケースで救済制度による解決が可能になったため、確認はより重要になります。
弁護士へ相談する前に、必ずJASSOの奨学金相談センターで救済制度が利用できるかどうかを確認し、保証人がいる場合は保証人と十分に話し合うのが重要です。
2. 弁護士が受任通知を送付し督促が止まる
正式に手続きを依頼すると、弁護士からの受任通知により、債務者本人への督促は法的に停止されます。これにより、本人への直接的な督促は停止されます。
ただし、保証人がいる場合は、取立停止と同時に保証人に残債の支払いが請求されるため、注意が必要です。
受任通知送付前に必ず保証人に状況を説明し、保証人も含めた対応策を検討しましょう。
3. 裁判所へ破産申立書類を提出する
受任通知が送付されたら、裁判所への破産申立を行います。破産申立をもって、正式に破産手続きが開始されます。破産申立書に記載する主な項目は、以下のとおりです。
- 詳細な財産目録
- 債権者一覧
- 家計収支
申立が受理されると破産手続開始決定が出され、この時点で信用情報への登録、職業制限の開始、財産の処分権限の移転などが生じます。申立に必要な主要書類は以下のとおりです。
- 破産・免責申立書
- 陳述書
- 財産目録
- 債権者一覧表
- 家計収支表
- 給与明細
- 源泉徴収票
- 通帳の写し
申立から破産手続きの完了までは、同時廃止事件なら約3ヶ月、管財事件なら6ヶ月から1年の期間を要します。手続きを進めるのと同時に、将来の生活設計についてもあらためて確認しておきましょう。
4. 破産管財人が財産を換価・処分する
破産手続きでは、破産管財人による財産処分が行われます。財産処分は、債務者の生活再建と債権者への公平な配当を目的とした法的手続きです。
裁判所が選任した破産管財人は債務者の財産を調査・換価し、債権者に配当する役割を担います。前述のとおり99万円を超える現金や20万円を超える預貯金、時価20万円を超える自動車、不動産などが処分対象です。一方、99万円以下の現金、生活必需品、仕事に必要な道具などは処分の対象外です。
奨学金債務のみで他に大きな財産がない場合は、管財人が選任されない同時廃止事件として処理される可能性が高いです。この場合、財産処分の手続きは行われません。管財事件となる場合は、財産が処分されるうえ、予納金として20万円以上の費用が必要です。処分が完了し、債権者への配当が行われれば、破産手続きは完了です。
破産管財人についてより深く知りたい人は、下記の記事も参考にしてください。
破産管財人とは|対応する手続きの範囲や費用、選任されるケースを解説
まとめ

奨学金による破産割合は決して高くはありませんが、苦しい経済状況により今後増えていく可能性があります。
破産手続き自体は可能ですが、まずはJASSOの救済制度の活用を検討し、それでも返済が難しいようなら破産手続きについて相談してみましょう。
千代田中央法律事務所では、破産手続きに関する相談を受け付けています。奨学金の返済が厳しく、返済にお悩みの場合は、相談してみてください。

京都大学経済学部卒業、同大学経営管理大学院修了(MBA)
旧司法試験合格、最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。
千代田中央法律事務所を開設し、スタートアップの資本政策・資金調達支援、M&Aによるエグジット・成長戦略の専門職支援と法人破産手続き、事業再生手続きによる再生案件を取り扱う。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動経験あり。

